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地獄を破る 

華厳経「唯心偈」末尾の「若人欲了知 三世一切仏 応当如是観 心造諸如来」の四句は「破地獄偈」といわれ、よく葬儀で僧がとなえるお経になっている(宗派によって少し語句が異なる)。

中国の故事に、死んだ人が地獄の門で地蔵菩薩から教えられ、閻魔大王の前で唱えて自分だけでなく地獄の亡者たちを救ったという話があるからだ。

この「唯心偈」がある華厳経の「夜摩天宮菩薩説偈品」の「夜摩天宮」とは、インド古代の神話の人類の父祖ヤマの天空の王宮である。

夜摩天が中国の冥界の十王と習合して閻魔大王にになるのだが、その性格は大きく異なるものになった。

華厳経についてはブログを中断していた昨年、『善財童子の旅〔現代語訳〕華厳経「入法界品」』(四六版・304頁・定価2,500円 春秋社)を上梓した。この本については改めてアップしたい。

夜摩天宮から地獄の閻魔王宮へ

まんだらp104 まんだらp106

『まんだら絵解き図鑑』表紙と目次
まんだら絵解きカバー まんだらp2目次

発行・双葉社 A5判128ページ 定価1500円+税
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(大角修)

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日蓮の法華経 

「南無妙法蓮華経」の題目と大曼荼羅については日蓮の遺文に「本門の本尊」「三大秘法」のひとつして記されている。解説ページではそれに触れたが、日蓮宗は室町・江戸時代に広まり、身延山久遠寺と池上本門寺が宗祖の霊跡となり、落語「鰍沢」で知られるように身延参詣が盛んになった。「身延山図経」とも呼ばれる身延参詣絵図が多く残る。

『まんだら絵解き図鑑』では、江戸時代の京都深草の僧・元政の『身延道の記』を紹介した。今生の最期の願いとして身延詣でを望む老母を連れての旅だった。

日蓮の法華経と曼荼羅


まんだらp114 まんだらp116 まんだらp118
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日蓮以前の法華曼荼羅 

日蓮は文永8年(1271)に佐渡に流罪となり、その地で大曼荼羅本尊を初めて書きあらわした。自らの意志で書いたというより、本尊を感得した最初ということで、それを佐渡始顕の大曼荼羅という。

しかし何事にも前史がある。平安時代には法華曼荼羅が描かれるようになった。それは法華経の二仏(釈迦・多宝如来)が坐す塔を中心とするが、構図は胎蔵曼荼羅の中台八葉院と同様である。

法華曼荼羅

まんだらp58 画像はクリックで拡大します。


法華曼荼羅は『源氏物語』の「鈴虫」の帖にも出る。光源氏は正室に迎えた女三宮の出家の願いをいれて、持仏堂を造り、仏像や仏具を整えた。その奥に法華曼荼羅が架けられた。

しかし、平安時代のことだから、法華と念仏は一体である。持仏堂の本尊は阿弥陀三尊で白檀の木彫だった。

光源氏は女三宮が読誦する阿弥陀経1巻を自ら書写し、来世には共に極楽浄土に生まれることを願った。そのほか、六道の衆生のために六部の経(阿弥陀経)をこしらえたという。

なお、下部をドーム状の半球型にする多宝塔の形は密教に影響し、真言宗寺院にも多い。そのぱあいは釈迦・多宝の二仏ではなく、大日如来や薬師如来が本尊として中央に置かれることが多い。高野山の壇上伽藍の大塔も下の写真のように多宝塔型で大日如来を中心に曼荼羅の諸尊が納められている

高野山の壇上伽藍

まんだらp80

表紙と目次
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(大角修)

日蓮の曼荼羅を絵解き 

曼荼羅の本には、日蓮の「南無妙法蓮華経」の文字曼荼羅が掲載されていないことがよくある。

厳密には空海の両界曼荼羅やチベットのマンダラが曼荼羅なのであって、日本の当麻曼荼羅は観無量寿経に説かれていることを図示した変相図、春日曼荼羅や富士参詣曼荼羅、立山曼荼羅などは寺社境内図の一種だという判断からだろう。

日蓮の題目曼荼羅は特異なものとして、曼荼羅の本には載せられないか、少し触れられている程度である。しかし、日蓮宗・法華宗、創価学会・ 立正佼成会などの法華信徒は非常に多い。曼荼羅といえば日蓮の文字曼荼羅(大曼荼羅本尊)のことだと思う人は多いはでずである。それを無視することはできない。『まんだら絵解き図鑑』では、日蓮の文字曼荼羅も絵解きで掲載した。

これには少し戸惑いがあった。文字曼荼羅(大曼荼羅本尊)のうち、上部中央の二尊四士とよばれる部分、また十羅刹女の部分などの図画には伝統的なものがあるけれど、大曼荼羅本尊の全体を絵にしてよいものだろうか。そんな懸念があったので、解説で曼荼羅の霊性を損なわないように配慮した。


日蓮の大曼荼羅本尊
まんだら仮p60 まんだらp62 まんだらp64
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表紙と目次
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地蔵菩薩と三途の川 

源信の『往生要集』(平安中期)は地獄をあらわした書物として知られているが、三途の川、賽の河原、奪衣婆・懸衣翁など、重要なアイテムが欠けている。地蔵菩薩も名前だけが2か所程度に出るにすぎない。

日本で馴染みの冥土と地獄とキャラクタは、平安時代末期、『地蔵十王経』の登場を待たねばならない。『まんだら絵解き図鑑』から、それについて解説したページをあげる。

地蔵菩薩と三途の川
まんだらp109 まんだらp110 まんだらp112

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(大角修)

お盆と施餓鬼2 

前回の施餓鬼会につづき、熊野観心十界曼荼羅の餓鬼道の場面をあげておきます。

十界曼荼羅の施餓道

まんだらp16

十界曼荼羅全図 熊野観心十界曼荼羅・全図

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(大角修)

お盆と施餓鬼 

熊野観心十界曼荼羅の中央に大きく描かれているのは施餓鬼棚である。

施餓鬼会せがきえには「三界萬霊」の位牌や卒塔婆を立てる習わしがある。三界萬霊は有縁無縁の諸精霊で、誰か特定の霊をいうのではない。餓鬼道の亡者にかぎらず、広く供養するものである。

そこには、現実の生活空間の周囲に何か目に見えない霊がいるのではないかという感覚がある。現代の私たちにもそれがあるので、不安をあおられて霊感商法にひっかかったり、ときには死者さえ出るカルト事件が発生する。

三界萬霊供養の施餓鬼会は、そのような不安を解消する知恵でもあった。とりわけ、先祖の霊を慰めるのは重要なことなので、施餓鬼はお盆の行事ともなり、家の仏壇の前に施餓鬼棚と同じような精霊棚をつくって供養する風習が広まった。

現在、「餓鬼」という言葉は差別的だから施餓鬼会を施食会せじきえと言い換えようという動きもあるが、そのように言葉を消し去ってしまっていいとは思われない。

十界曼荼羅の施餓鬼棚

まんだらp36画像はクリックで拡大

十界曼荼羅全図 熊野観心十界曼荼羅・全図

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(大角修)

男と女の地獄 

十界曼荼羅の主人公は女性で、語り手も主な聞き手も女性だった。ところが、そこに描かれている地獄は、ひどい女性差別である。経典でも変成男子へんじょうなんし(女は男に変わらなければ極楽浄土に入ったり悟りを得たりできない)が説かれており、ジェンダー・サイドからは、すこぶる評判が悪い。

『まんだら絵解き図鑑』でも、熊野観心十界曼荼羅にある不産女うまずめ地獄、子殺しなど、ピックアップするのを控えようかと思った。しかし、地獄で女性を救うという如意輪観音の姿も描かれているので、それとともに取り上げた。

男と女の地獄

まんだらp32 画像はクリックで拡大します。

十界曼荼羅全図 熊野観心十界曼荼羅・全図

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天台法華の十界互具と華厳経の唯心偈 

熊野観心十界曼荼羅には天台の十界互具・一念三千、そして本覚法門、華厳経の「心造諸如来」などの深い教理が含まれている。それが民衆に説かれ、日本人の現世・来世の人生観を育んだのだった。

【解説】十界曼荼羅と心の如来
まんだらp098-099  まんだらp100-101  まんだらp102-103
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十界曼荼羅全図 熊野観心十界曼荼羅・全図

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人生の山坂・心を拝む日本の仏教 

熊野観心十界曼荼羅(全図は別項「日本の曼荼羅」にアップ)の上部に描かれているアーチは人生の山坂である。
左下の鳥居が、この世の入口。そのそばにいる夫婦と子どもが「人道」の人間である。

この3人は中央の円内にある「心」の字に向かって合掌している。人の心を拝むのが日本の仏教である。


人生の山坂
まんだらp12-13


十界曼荼羅全図 熊野観心十界曼荼羅・全図

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(大角修)

地獄絵は楽しい 

『まんだら絵解き図鑑』の小島サエキチさんのイラストはユーモラスである。

「熊野十界曼荼羅」の地獄の責め苦
まんだら仮-16 画像クリックで拡大します。

この楽しさが、地獄を語るに際して、きわめて重要なことだと思う。

近年、いたずらに恐怖と不安をあおるカルトが、時に悲惨な事件を引き起こしている。なぜ、カルトの単純な脅しに惹かれてしまうのか。かつて地獄は、もっとユーモラスで、気持ちにゆとりのあるものだったと思う。その点について「後書き」に触れたので、ご高覧いただきたい。

あとがき
まんだら後書き1 まんだら後書き2 


目次
まんだらp2目次

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日本の曼荼羅 

曼荼羅といえばチベット仏教のカラフルなマンダラを思い浮かべる人が多いかも知れない。それよりも本書では日本で民衆に広まった曼荼羅を取りあげた(目次参照)

チベット仏教の曼荼羅は美術品として愛好されるが、日本の仏教とは距離があるので、その諸仏の世界を理解するのは困難である。それに対して日本の曼荼羅は、寺社参りやお盆などの習俗の中から生まれてきたもので、昔はごく身近なものだった。

最初に「熊野観心十界曼荼羅」を取り上げた。それは現世と来世を語るもので、「地獄極楽絵」とも呼ばれる。

那智参詣曼荼羅と熊野観心十界曼荼羅

まんだら仮-5 まんだら仮-6 クリックで拡大します。

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まんだらp2目次

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