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源氏物語と法華経 紫の上の不断の御読経 


御枕上近くても不断の御読経、声たうときかぎりして
(以下『法華経の事典』より)
『源氏物語』は一条天皇の中宮彰子しょうし(藤原道長の長女)に仕えた女官・紫式部の作。皇子から臣下に下ったが権勢の頂点に立つ光源氏の生涯とその子、薫かおるの物語である。
 よく法華経の影響が強いと言われるのは源氏供養(別掲)の影響であろう。

「御法」の帖には光源氏の正妻である紫の上は「年ごろ、私の御願にて書かせたてまつりたまひける千部、いそぎて供養じたまふ(私的な発願で法華経一千部を書写させ,急ぎ供養された)」というが、法華経の名は全体で数回出る程度である。
 以下は「若菜」の一節。紫の上が病臥し、小康を得たときのこと。

 五月などは、まして晴ればれしからぬ空のけしきに、えさはやぎたまはねど、ありしよりはすこしよろしきさまなり。されど、なを絶えずなやみわたり給。ものゝけの罪救ふべきわざ、日ごとに法花経一部づつ供養せさせ給。(中略)御枕上おんまくらがみ近くても、不断の御読経みどきょう、声たうときかぎりして読ませ給。
[訳]五月などは梅雨のうっとおしい空にすっきりしないごようすでしたが、以前よりはよくなられたものの、まだお苦しみでした。物の怪の罪障を祓うために毎日法華経を一部ずつ読誦させました。(中略)枕元近くでも、不断の御読経を声の尊い人を選んでおさせになりました。

 秋には庭の鈴虫が無常の哀れを誘うというのが帖名の由来。この帖は女三宮(朱雀院の第三皇女)の持仏堂の飾りつけや法要のようすを語る。その持仏堂は阿弥陀堂で、本尊阿弥陀仏の奥に法華曼荼羅の軸、まわりに地獄・餓鬼など六幅の六道絵がかけられている。

 なお、自選歌集『紫式部集』の日記歌に、土御門邸つちみかどていでおこなわれた法華三十講で第五巻の提婆達多品だいばだったぼんの日が五月五日だったので詠んだという歌「妙なりや今日は五月の五日とて いつつの巻にあへる御法も」がある。

次回は「御法」の帖より(つづく)


法華経事典小法華経の事典
(大角修)

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コメント

はい、キモオタです

4BD7GH6g
アニメ趣味なキモオタな俺でも・・・
望みがあった。

こんな所に!
http://3b20175F.h-anime.me/3b20175F/

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