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鎌倉・高浜虚子と英勝寺の晩秋 

英勝寺は浄土宗の尼寺で、鎌倉・由比ヶ浜に暮らした高浜虚子がよく句会を開いた。
「傷一つ翳かげ一つなき初御空」は、昭和33年の暮れに新春を言祝いで作った句。
そのころ虚子は「俳句は極楽の文学だ」と言い、翌34年4月、85歳で他界した。
「虚子一人銀河と共に西へ行く」
これは76歳の作。「夜十二時、蚊帳を出て雨戸を開け、銀河の空に対す」の詞書がある。
寝苦しい夏の夜、涼みに出たのであろうか。その頭上に銀河が渡る。
宮沢賢治の夜の列車は南へ南へ下っていったが、虚子の思いは銀河と共に西へ向かう。

英勝寺仏堂_convert_20121202215450
英勝寺仏堂(阿弥陀堂)ミラーレス一眼のフルオートでとったら、周囲がぼけて水中の景色のよう。

寿福寺もみじ_convert_20121202215612
紅葉

寿福寺墓地1_convert_20121202215635
高浜虚子の墓は英勝寺の隣の寿福寺墓地にある。寿福寺は鎌倉五山の名刹。写真は寿福寺墓地の実朝と北条政子の墓がある場所で観光客が多い。しかし、虚子の墓は見つけられなかった。


寿福寺2_convert_20121202215526
寿福寺墓地にはキリスト教式の墓もある。

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