紫式部は地獄に堕ちた04 雨月物語 

源氏供養のおかげで紫式部は地獄から救われ、一転して石山寺の観音菩薩の化身だということになったのだが、江戸時代の上田秋成『雨月物語』の序にも、紫媛(紫式部)が源氏物語を著し、いったん地獄に堕ちたのは「蓋けだし業を為すことに逼る所」と記している。それがあまりの名文のためで、自分などはそんな心配はないと謙遜している。
その『雨月物語』の第一話「白峯」は配所の松山で恨みをのんで崩じた崇徳上皇の怨霊を西行がう和歌を詠んで鎮める話。もとは『保元物語』にあり、拙著『法華経の事典』でそれを取り上げた。
 崇徳上皇は血染めの写経を海に沈めて恐ろしい怨霊になった。けれど、鎌倉時代の後深草院二条の日記・紀行文『とはずがたり』では、白峯を訪ねて、けっこう物見遊山の気分。『雨月物語』の恐いもの見たさにも通じる気分である。
(この項、終わり)「紫式部は地獄に堕ちた」01へ

法華経の事典法華経の事典(大角修)

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