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極楽の復権『浄土三部経と地獄・極楽の事典』あとがき 

 以下は「あとがきにかえて 極楽の復権」です。

「祗園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」(『平家物語』)
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし」(『方丈記』)

 これらは無常観をあらわす言葉として多くの人に知られている。しかし、何のために無常を観じるのかには、あまり関心が向けられていないのではないだろうか。『平家物語』は、死んでいった平家の者は皆、「往生の素懐(かねての願い)を遂げたと言われている」という言葉で結ばれている。無常を語るのは極楽浄土への往生を願うためである。『方丈記』の鴨長明の住まいにも阿弥陀仏の画像がかけられ、日々に念仏したのである。

 ところで、本書はタイトルに「地獄・極楽の事典」という。極楽の対極にあるものとして地獄のことも取り上げたためだが、地獄のイメージは持てるけれど、極楽はなんだかよくわからないという人も多い。しかし、日本の古典文学や寺々を見ると、圧倒的に極楽である。たとえば、寺には阿弥陀堂が多い。堂々とした大きな建物が珍しくないのに対し、閻魔堂はあまり見られないし、あっても小さな祠のようなものが多い。仏事・祭礼にしても、極楽往生を願うものが圧倒的に多いのである。にもかかわらず、私たちの心から、極楽往生は遠のいてしまった。看取りの文化も、伝統の葬儀や習俗に込められていた死の文化も薄くなり、浄土は消滅してしまったかのようである。

 そこで、もっぱら現世の生き方のみが問われるようになった。それは一種、残酷なことである。この世を自分らしく、せいいっぱい頑張って生きたいと思っても、そうはいくまい。「いい人生だった」と心から満足して死ねる人はどれほどいるだろう。しかも「人生は一度きり」であれば、とりかえしはつかない。

 そこで仏の教えでは、たとえ満足できない人生を送って、罪深く不幸な死を迎えることになったとしても、赦しは与えられる。たとえ地獄に堕ちるようなことになったとしても、いつかは救いがある。阿弥陀仏は「念仏衆生・摂取不捨」、仏に祈る人をけっして見捨てないと言われてきた。

 といっても、来世のことはあるともないともいえない。そもそも、極楽浄土は理屈の世界にはないので、理屈で考えてもわかるはずはなく、かえって疑惑が深まるばかりであろう。しかし、感性においては、浄土はごく身近なところにある。

 虚子一人銀河と共に西へ行く

 この句は「俳句は極楽の文学だ」という高浜虚子(一八七四〜一九五九)が七十六歳のときに詠んだ。当時、虚子は鎌倉の由比ヶ浜に住んでいた。この句には「夜十二時、蚊帳を出て雨戸を開け、銀河の空に対す」という詞書がある。寝苦しい夏の夜、外に出てみれば、由比ヶ浜の空をずっと遠くまで天の川が渡っており、自分一人が「銀河の空に対す」という感じだったのだろう。そんなおり、何か永遠の世界を見る思いになるのは、誰にでもあることであろう。そこに浄土というものがあるといってもよい。

 虚子は昭和三十四年四月に八十五歳で逝った。その年の元旦の空を虚子は「傷一つ翳一つなき初御空」と詠んだ。
 現在は元旦でも開店しているコンビニやスーパーが普通で、正月もふだんとあまり変わらなくなったけれど、ふと見上げれば「初御空」、そんなところにも浄土はあるのだろう。

 いわゆる団塊の世代が高齢期に入った現在、自分の死や葬儀に向けて準備をしておこうという動きがある。それを「終活」というそうだ。近年の「終活」の本や雑誌の記事を見ると、身辺の片付けをし、死後の争いがないように遺言も書き、と実務的なことが書かれている。だから、就職活動の「就活」をもじって「終活」というのだろうが、なんと軽い言葉だろう。

 本文の最後に樹木葬についてふれた。東京都の都立霊園で樹木葬のエリアをつくって募集したところ、申し込みが殺到したそうである。
 樹木葬には「死んだら自然に還りたい」という思いがあるのだろう。それは純朴な感覚であるが、それだけでは空白ではないだろうか。

 昔は「欣求浄土」といった。極楽浄土を欣い求めよ。
 この言葉には、いろいろな意味が含まれている。仏の国土の荘厳を告げる経典のほか、本書にとりあげた古典文学や芸能、四季おりおりの仏事や法会の全体に「欣求浄土」の思いが込められている。そして、その思いが壮麗な阿弥陀堂や二十五菩薩来迎図などの浄土教美術を生み出した。自然の景色の美しいところにも「浄土」と呼ばれるところがある。

 全体に死生観が軽くなった今、私は「極楽の復権」が必要だと思う。樹木葬のときも、西行の「花の下にて春死なむ」の歌とともに、「仏には桜の花をたてまつれ わが後の世を人とぶらはば」も思い出されるならば、「わが後の世」への思いも、この世を生きる「今」への思いも豊かになるだろう。ちなみに西行は月や桜を見て西方浄土を思う歌を多く残している。

 本書は同じく春秋社から刊行していただいた『法華経の事典 信仰・歴史・文学』(二〇一一年)の姉妹篇である。平安時代以来、法華経と念仏は一体だったから、この二冊がそろったことはうれしい。浄土三部経や当麻曼荼羅の資料を提供・教示くださった栗田順一氏・關信子氏、春秋社編集部の佐藤清靖編集長と桑村正純氏ほか、ご協力いただいた多くの方に心から感謝いたします。



極楽小
『浄土三部経と地獄・極楽の事典』最初の記事へ
大角修

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