身照寺建立一件 宮沢賢治「法華堂建立勧進文」1 

宮沢賢治の墓塔がある身照寺は日蓮宗の寺で、この季節、見事な枝垂れ桜に彩られます。桜は古木の風情ですが、この寺が建てられたのは新しいことで、賢治の時代には花巻に日蓮宗の寺はなかったのでした。

身延を故地とする南部家ゆかりの花巻に日蓮宗の寺を建立しようという運動をおこしたのが、遠野出身の日実で、それに賛同したのが、賢治の叔父の宮沢恒治です。

 この叔父の求めに応じて賢治が書いたのが「法華堂建立勧進文」です。
 鎌倉賢治の会で「なぜ賢治は鎌倉に来なかったのか」というテーマでお話ししたことがきっかけで、この勧進文を改めて読んでみることにしました。
 まず、その全文をお読みください。
 全集にもちろん収録されていますが、賢治作品が網羅されている森羅情報サービス「法華堂建立願文」をリンクします。
(大角修)

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