邪馬台国の女王・卑弥呼の銅鏡 

「魏志倭人伝」によれば、西暦では239年に卑弥呼は魏に使いをおくった。翌年、魏の皇帝は卑弥呼を「親魏倭王」に任じる詔書とともに金印紫綬と剣二本、銅鏡百枚、そのほか布や真珠などの品物をさずけたという。

卑弥呼の邪馬台国がどこにあったのかという問題もさることながら、百枚もの銅鏡の行方が知れない。

歴史の本では卑弥呼が人々の前で銅鏡を掲げてピカッと光らせているイラストがよく見られる。まるで文明の利器を未開人に見せて恐れ入らせているかのような描かれ方だ。NHKの歴史ヒストリアでも同様のイメージで再現していたが、それはないだろう。

鏡は神秘なものだ。今の神社のように祭壇の真ん中に祀られたと考えるほうが自然ではないか。卑弥呼とて安易には触れられないものとして置かれただろう。宮中で三種の神器が置かれる賢所かしこどころのように、権威は「隠れる」ところになりたつのだから。

女王卑弥呼の銅鏡 クリックで拡大します。
1巻P16-17


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