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神武東征の神話と建国記念の日 

「ここに本朝人王の始め、神武天皇より九十五代の帝、後醍醐天皇の御宇に武臣相模守平高時(北条高時)といふ者あり」

これは『太平記』の冒頭である。中世の歴史物語では「人王(人皇)初代」の神武天皇から語りおこすのが通例だ(現在の平成の天皇は第百二十五代)

原初の「神代」ののち、人の世は神武天皇、和名は「神倭伊波礼毘古命かむやまといはれひこのみこと」すなわち「大和の起源になった天皇」から始まる。その物語が神武東征の神話である。

神武天皇は九州の高千穂の宮から東征を開始して「畝火の白檮原宮」(奈良県橿原市)で「辛酉の年の正月朔日(一日)」に即位。その年を皇紀元年とする」と『日本書紀』に記されている。

 のちに明治政府は『日本書紀』の天皇年代記と干支によって、その年を紀元前660年と計算し、即位の正月元旦も新暦にして2月11日とした。いわゆる紀元節(今の建国記念の日)のいわれである。

国家の歴史を『古事記』『日本書紀』によりながら「正月朔日」を新暦に直すなど、いかにも明治政府らしいやりかたである。

ちなみに、国家神道の明治になって記紀神話が非常に強調されるようになり、明治ニッポンの神話が新たに生まれた。神仏分離によって、各地の寺社に伝えられた神仏習合の物語が排除された結果、今の私たちは『古事記』が日本の神話だなどと思うようになった。それも明治ニッポンの神話のひとつである。



皇紀元年と「建国の日」 クリックで拡大します。
1巻p22-23

☞「新・日本の歴史」シリーズについて
全巻目次
第一巻「国の成り立ちと仏教伝来」04 ☞01へ ☞05へ
(大角修)

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