FC2ブログ

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

冠位十二階と憲法十七条 法とは何か 

『日本書紀』によって歴史に大きく登場した聖徳太子の事績には、まず、「冠位十二階の制」と「憲法十七条」がある。

冠位十二階の制は推古天皇十一年(603)十二月五日に布告、翌年正月に実施された。次いで同年四月に憲法十七条を布告。それは天皇に仕える官吏の心得を説くもので、冠位十二階の制の理念を改めて示したものだった。

そこに「篤く三宝を敬へ」(第二条)など、ブッダのダルマ(法)が採り入れられ、以後、日本における「法」の原点になった。たとえば鎌倉時代の「御成敗式目」51か条など、十七条の倍数とすることに法の威厳が求められている。

ところで、冠位十二階は勅令(詔)として天下に布告されたもので、いわゆる制定法ではない。対して、現代日本では制定法の日本国憲法を最高の法源としているのだが、制定法には大きな限界がある。

たとえば、首相官邸のドローン事件後、ドローンを規制する法律の必要があることがわかった。しかし、法の規制を細かくしてもテロリストには無効で、迷惑するのは善良な市民ばかりということになる。

そんな制定法の限界を超えようとするのがイスラム法シャリーアである。シャリーアについては別の機会に述べるとして、今回は「新・日本の歴史」第一巻「憲法十七条」の箇所から「法とは何か」の部分を紹介したい。

聖徳太子の憲法十七条
歴史1巻p40-41  歴史1巻p42-43 クリックで拡大します。


『聖徳太子の言葉 十七条憲法』
聖徳太子大

☞「新・日本の歴史」シリーズについて
全巻目次
第一巻「国の成り立ちと仏教伝来」10 ☞01へ 11へ
(大角修)

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://ookadoosamu.blog10.fc2.com/tb.php/264-586356f1

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。