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解脱上人貞慶の『愚迷発心集』と明恵『摧邪輪』 

専修念仏弾圧の張本人というイメージで語られる南都興福寺の貞慶(じょうけい 1155-1213)は法相宗の学僧として知られるが、念仏停止を訴える「興福寺奏状」(☞承前)を書いたときは、笠置寺に隠遁していた。その名を解脱房(げだつぼう)といい、解脱上人(げだつしょうにん)、笠置上人とも呼ばれました。

ここには『浄土三部経と地獄・極楽の事典』から、解脱上人の『愚迷発心集ぐめいほっしんしゅう』と、同じく法然の念仏を批判した栂尾上人・明恵みょうえの『摧邪輪(ざいじゃりん)』の箇所を紹介します。

上人とは奈良・平安時代の権門寺社の序列から脱して、民衆の支持をうけた遁世や遊行の僧のことです。法然も貞慶も明恵も、ともに「上人」として世の人びとに尊崇されたのでした。

前掲の『日本仏教史入門』の文字組はあまりに手間がかかったので、レイアウトを変更しました。

『愚迷発心集』と『摧邪輪』

極楽p290 極楽p292
☞『浄土三部経と地獄・極楽の事典』
☞著作リスト
(大角修)

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