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オリンピックエンブレム、類似がいけないのか 

佐野研二郎さんデザインのエンブレムが取り下げになった。遠藤利明五輪担当相と武藤敏郎組織委員会事務総長は、審査委員会、佐野氏と三者三様の責任があると言っている。それなら、損害賠償に際して三者の責任の軽重に応じて分担するということになるが、そのようには聞こえない。誰にも責任はないと言っているように聞こえる。そんなことでは今後が思いやられるのである。

あのエンブレムが発表されたとき、私には2つの違和感があった。

ひとつは黒と赤の色彩が日本というよりドイツカラーだったこと。ちょうど自宅に近い国立歴史民俗博物館で開催中の「日独修好150年」の特別展のポスターと似ているといえばよく似ている。

もうひとつ非常に大きな違和感は「なぜ、Tなのか」。

今度のオリンピックは東日本大震災の復興をアピールして誘致活動が展開された。さらに、地方創生が大きな課題となるなかで、オリンピックで東京集中がいっそう進むのではないかと懸念されている。地方ではオリンピックは「東京で勝手にやってよ」とシラケているともいう。そんなときに「T」ではオールジャパンのシンボルにはなりえまい。

また、「T」はどうアレンジしても既存のロゴやマークと類似してしまうという声も発表直後から聞かれた。案の定、懸念されたとおりになってしまった。問題の発生当初からSTAP細胞の理研みたいになるんじゃないかと心配されたが、あれほどひどいことにならずにすんでよかった。

しかし、組織委員会ならぴに審査委員会は何を考えて「T」でよしとしたのか、その見識は疑わざるを得ない。

エンブレム取り下げは、ネット上で次々に佐野作品と似ている例が見つかり、佐野氏への激しいハッシングも起こったことが大きな理由になった。それに対して、今後は類似のデザインがないかどうかしっかり検証しなくてはならないといった意見が、その方面の研究者や弁護士、ニュースのコメンテーター等から多く聞かれる。

しかし、類似が悪いのだろうか。そもそも美術や意匠デザインには「時代の様式」というものがある。大正モダニズム、昭和レトロなど、その時代のデザインには大きく共通するところがあり、類似している。そうでなければ世の中の人々の気持ちにそぐわず、いいとも悪いとも感じないだろう。

それより大きな問題は、類似にナーヴァスになるあまり自己規制が過ぎて萎縮してしまうことだ。そうなったらつまらない。とりわけ、地方の自治体の観光誘致のロゴや来年の伊勢サミットのロゴなど、役所がからむところで自己規制が大きくなる気配が農耕である。

もちろん、守らなければならないルールがある。佐野氏はそれに違反したのである。それはサントリーのトートバックの図案盗用である。これは類似性の問題ではなく明らかに無断使用だった。スタッフがやったことだという言い訳は成り立たない。それゆえ佐野氏も取り下げたのだが、問題はオリンピック・エンブレムのイメージを大きく傷つけてしまったことである。

その時点でオリンピック・エンブレムも取り下げるべきだった。エンブレムのイメージを傷つけてしまった以上、自ら取り下げることが節義というものであろう。

かつての日本では信義とか節義ということが社会の重いルールだった。今は法的にどうかといったことばかりが取り上げられ、何かと言えば弁護士に意見が求められる。しかし法律とは関係なく、信義は今も生きている。

佐野氏は、「私はパクリということをやったことはない」と開き直り、いつまでも「エンブレムは盗用ではない」と言いつづけた。私もエンブレムのデザイン自体には訴訟に及ぶほどの問題はないのだろうと思う。しかし、佐野氏の発言は、信義にもとる。いさぎよくない。以後のパッシングはそのために発生した。

組織委員会では1年も多額の費用をかけて類似のものかないかどうかを検査し、いくつかあったのでデザインを修正したと発表したが、その類似のものとは何だったのか、そこにベルギー・リエージュ美術館のロゴは含まれていたのかどうかは未だに公表していない。

法的にどうかとか、個別事例の細部に限定して問題の矮小化を図り、かえって危機を深めてしまう。まったくまずい対応だった。

もし、トートバックの図案盗用が明らかになった時点で佐野氏自身がエンブレムも取り下げしていれば、恥を知り名誉を重んじるサムライとして世界にアピールできたかもしれないし、しばらく蟄居しても佐野待望論が世間に起こるかもしれない。

これから募集しなおしだが、今度は広く公開することを肝に銘じてほしい。じつは私は、今度のオリンピックのマークは桜のリースだと思っていた。佐野氏の「T」デザインは発表時の会見で何やかやと説明していたが、そんな説明をしなければならないところが、そもそもデザインとして失格である。桜のリースは一目で「ジャパン」をアピールし、説明は不要だった。

それなのに、桜のリースは招致エンブレムというもので、正式のエンブレムは「T」だと発表されて初めて知った次第である。多くの人がそうだったのではないか。

それというのも、応募資格が厳しくて多くの国民には関係ないような仕組みだったようだ。オールジャパンで盛り上げようというときにバカげた密室性というか、素人にはまかせられないという愚民観に支配されている。

今度は広く募集し、専門家の委員会で数例に絞り込んだあと、候補作品として公表して欲しい。早速ネットであれやこれやと話題になり、類似の作例も委員会の能力を遥かに超えて調べ上げてくれる。プライベートに人気投票のサイトも立ち上がるだろう。その大衆の意向を採用するかどうかは専門家の委員会で決定すべきだと思う。そのとき、どの作品を採用するにしても多くの人が納得できる説明をしなくてはならないことになる。
(大角修)

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