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万世一系は虚構なのか 

カズオ・イシグロの文学白熱教室という討論番組がノーベル文学賞受賞を機にNHKで再放送された。カズオ・イシグロは個人にも社会にもフィクションが必要だと語る。

フィクションは虚構だが、嘘だということではない。たとえば第二次大戦中、フランスにはナチス・ドイツに協力する人がたくさんいた。レジスタンスとしてナチス・ドイツと戦ったフランス人もいたけれど、それは少数だった。

しかし戦後、フランス人はみんながレジスタンスで、ナチス・ドイツに抵抗したと言われる。それは戦後のフランスが立ち直るには必要なフィクションだったのであり、意味のない嘘だというわけではない。イシグロは、社会にも個人にもフィクションが必要だと言う。

江戸中期から水戸学や国学で「国体」の柱として強調されるようになった天皇の万世一系も虚構だった。そして明治天皇の大葬は、古式に則って営まれたということになるのだが、実はほとんど何もかも新しく創案されたと言っていい。

喪服が白から黒になったのも、明治時代からである。政府は世界の主要国の葬儀・祭礼の服装を調査して、近代日本にふさわしい礼法を探り、喪服は「黒」とし、国旗にも黒布をかぶせた。同時に平安ふうの装束も用いて和様混在の葬儀になった。

このような儀式も、万世一系の皇統も、宮沢賢治の童話「雁の童子」にある言葉でいえば「まるでこの頃あった昔ばなしのよう」なシーンを現出した。だからといって、それは単なる虚構ではない。

新しい時代には新しいフィクションが求められる。そして、伝統はモダン化されることによって再生し、社会を変革する力にもなる。カズオ・イシグロが言うように、個人にも社会にもフィクションが必要なのだ。

明治天皇大葬儀写真
明治天皇大葬の葬列(橋爪紳也『明治天皇大葬儀写真』より)

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