FC2ブログ

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

残される者たちへの思いが「おことば」の中ににじんでいる 

『サンデー毎日』先週号(11月26日号)の「今こそ、読みたい」という蘭に『天皇のお葬式』が取り上げられています。

サンデー毎日(クリックで拡大)

評者は池内紀さん。内容と意図を正確に紹介してくださいました。

「残される者たちへの思いが「おことば」の中ににじんでいる」という見出しの「おことば」は昨年8月、天皇が退位の意向を示されたビデオメッセージのことです。

池内紀さんは「近年の天皇、皇后の各地への行幸はきわだっいている。とりわけ太平洋戦争の激戦地を巡り、深々と頭を下げる姿は、ひときわ鮮烈だ。あきらかに時代の動向への危惧と批判をこめてのことにちがいない」と述べておられる。私も、そのとおりだと思う。

ただ、続く末尾の「憲法をいじりたくてならないおひとは、どんな目で見ているのだろう?」というのは、少し同意できない。私は憲法改正は必要だと思う。

しかし、「憲法をいじりたくてならないおひと」(たぶん安倍総理のことか)でも、うかつには手を出せまい。憲法改正には国民投票が必要だが、おそらくチャンスは一度きりだ。何がなんでも平和憲法を守れといったいキャンペーンは支持されやすく、強力な護憲の風を吹かせる可能性がある。それが「憲法をいじりたくてならないおひと」の行動を慎重にさせるだろう。

したがって、国民投票が時の風向きではなく、安定して国民の多数の賛同を得られるように、じっくりと論議してもらいたいものだが、現在の国会論議はどうでもよい些事でもニュースになりやすいことぱかり熱をあげて、そうならないところが問題だ。

池内紀さんの「憲法をいじりたくてならないおひとは、どんな目で見ているのだろう?」という言葉に関して言えば、私は戦前・戦中に強調された「国体」という言葉が日本会議などで「美しい日本の国がら」と言葉を変えて復活してきたことを不安に思う。

そのため、『天皇のお葬式』では、「国体」という言葉がどういう経緯で出てきたのかを第5章「尊皇の潮流」等で重視してフォローした。



天皇家の葬式表紙
アマゾンへ

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://ookadoosamu.blog10.fc2.com/tb.php/329-6565f836

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。