『全品現代語訳 法華経』発刊 

角川ソフィア文庫で掲題の著書が発刊されました。既刊『法華経大全』の文庫化ですが、妙法蓮華経の前後に無量義経と観普賢経の抄訳を加えて法華三部経十巻全三十二品の現代語訳です。
全品法華経大アマゾンへ
また、コラム解説を拡充し、特に日本の法華文化の解説を加えました。昨今、サンスクリット原理主義がますます強まり、日本の歴史と文化への理解が欠落していると思われるからです。

以下、「はじめに 法華経をどう読むか」の一部です。


 日本での法華信仰は、平安時代には浄土教や密教、神祇とも融合して民衆にも広まりました。その法華信仰を土壌として鎌倉時代には日蓮があらわれ、「南無妙法蓮華経」の題目を本尊とする法華宗(日蓮宗)をひらきました。

今日、日蓮系の伝統諸宗のほか在家信仰団体が数多くあります。そのほか、天台宗はもちろん、真言宗や禅宗でも法華経は重視されます。なにより、和歌や物語、芸能などに法華経は宗派をこえて深く浸透しています。

 サンスクリット経典と漢訳経典
 法華経は古代インドにおいて典礼言語のサンスクリットで記された経典です。日本では西域出身の四〜五世紀の僧=鳩摩羅什(クマーラジーヴァ)が漢訳した『妙法蓮華経』が飛鳥時代から使われています。
 この法華経をはじめ、漢訳経典が日本の歴史と文化に与えた影響には計り知れないものがあります。
今の日常語にも、人間・世界・観念・大衆など、もとは経典の言葉が非常に多いのですから、それらがなければ、そもそも日本語がなりたちません。
 にもかかわらず、日本史や古典文学の研究者にさえ、経典はあまり読まれていないようです。よく「聖書は一冊だけれど仏教経典は数が多すぎる」といわれますが、日本の歴史と文化に大きな影響のあったものだけにかぎれば、それほど多いわけではありません。なかでも法華経は、もっとも基本の経典です。それくらいは読んでおかないと、聖書も読まないで欧米の歴史や文学を語るに等しいことになります。

 しかしながら、経典があまり読まれなくなったことには理由があります。
 ひとつは明治時代の西洋思想の流入をきっかけに日本の仏教は無知蒙昧なものとされ、釈迦や宗祖の本来の教えにもどるべきだという啓蒙主義仏教の運動がおこったことです。
さらに、太平洋戦争の敗戦後、日本の伝統文化や風習の全否定に近い動きがありました。日本語の表記は漢字を全面的に廃止してローマ字表記に改めるべきだという論議もあったくらいです。
そして歴史の記述はもっぱら政治・経済の視点から社会の変化をたどるものとなり、実際には大きな実勢力だった寺社の動きは無視されて、せいぜい「○○時代の文化」という項目でふれられる程度になりました。
礼拝の対象であるはずの仏像も美術・工芸品として鑑賞されるようになり、古典文学の解釈でも人間の心理に重点がおかれて神仏への視座は失われました。これでは経典の知識は不要になります。

 それでも経典を読んでみようとする人は多い。近年は植木雅俊訳『サンスクリット原典現代語訳 法華経』(岩波書店・二〇一五年)など、読みやすく表現された翻訳書も刊行され、経典になじみのない方でも手にとりやすくなりました。サンスクリット経典は、漢訳される以前の内容がどうであったのかを知るうえでも重要です。

 しかし、サンスクリット経典からの訳では二つの点で見落とされることがあります。ひとつは、前述したような日本の歴史と文化が欠落してしまうことです。もうひとつは、思想・教義の探求に力点がおかれて、祭儀のなかで唱えられたであろう法華経の性格、いわゆる儀礼テクストとしての経典の意味が無視されがちなことです。それを無視すると、法華経の内容はもちろん、読経したり写経したりする意味もわからなくなります。


以下、目次です。
法華経004法華経006

以下、「はじめに 法華経をどう読むか」
法華経008

法華経010

法華経012

法華経014

法華経016

法華経018

法華経020

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://ookadoosamu.blog10.fc2.com/tb.php/333-00cfad8e