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天皇と皇室の今後 

いよいよ平成の世もあと1年となり、新聞各紙が特集記事を掲載しています。この機に『14歳からの天皇と皇室入門』から「おわりに 天皇と皇室の今後」をアップします。

天皇と皇室の今後

日本国憲法に天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基く」と定められています。しかし、天皇は選挙で選ばれたわけではないし、国民投票によって信認を受けたわけでもありません。また、皇位は世襲であるといった規定は憲法にあるのですが、「象徴」という言葉が何を意味するのかは書かれていません。
それをどう考えるのかについては天皇自身が平成28年(2016)8月、「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」というビデオメッセージで次のように語られています。

「即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています」

平成の天皇は、戦後の昭和天皇の全国巡幸の姿勢を引きついで太平洋戦争の激戦地を訪ねたり、災害に見舞われた人々を慰問したりする旅をつづけてこられました。

「私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は(中略)国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」(同)

天皇の各地への訪問は、いわゆる「ご公務」にあたる行為で、必ずおこなわねばならないことではありません。しかし、それによって天皇は「国民統合の象徴」になったことを明確に述べられています。
そして天皇は「既に80を越え(中略)これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています」と語って譲位の意向を示されました。それが国民の圧倒的な支持を受けたことによって皇室典範の特例法が国会で議決され、平成31年(2019)年4月30日に退位、5月1日に新天皇の即位という日程が閣議で決定されたのでした。

本書では古代から現代までの天皇の歴史をたどってきましたが、いつの時代にも、古代の大和国家以来の皇統をうけつぐ天皇が存在しつづけたことは他国に例のない日本の歴史と文化の特質です。とはいえ、天皇の性格は時代とともに大きく変化してきました。とりわけ明治以来の近代国家の天皇は、それ以前とは様変わりした姿を見せました。
その後、現代の天皇は「はじめに」にも記されているように日本国憲法第九条の「戦争放棄」条項と不可分の象徴天皇として再出発しました。そして、日本の国の状況が大きく変化している今、天皇と皇室のありかたが改めて国民に問われています。
とりわけ、日本の国民や居住者に他国・他民族をルーツにもつ人が増えていくなかで、「日本国民統合の象徴」しての天皇のありかたは、どうあるべきなのでしょうか。その点で平成29年9月に私的ご旅行という名目で天皇・皇后が埼玉県の高麗神社に参拝し、桓武天皇の生母のことから天皇にも韓国系の血が流れていると述べられたことには重要なメッセージが込められていると思われます。今後の天皇と皇室は、ボーダーレス化する国際社会において平和と共存の象徴であることを求められるからです。


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